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刑事法における旧派と新派

NPO法人全国生涯学習支援協会
Kenビジネススクール 代表理事 田中謙次


 刑法学における旧派とは,近代初頭における啓蒙思想ないし合理主義的自然法思想から生じた刑法理論である。中世における神を最高の理性とした非合理主義を排し,人間の理性を基礎としたものである。グロティウス,ホッブスなどの近代革命の立役者が近代社会の基盤をつくり,神の法ではなく人間のつくる法規範によってのみ刑罰は発動されるべきであるとする罪刑法定主義を唱えたベッカリーア,また,理性的な人間像を前提として,予め定められた刑罰法規を前に,人は犯罪によって得られる利益とそれに対して科せられる刑罰という不利益を比較して,後者が前者よりも少しでも大きければ,誰も罪を犯さないという心理的強制を根拠とする一般予防機能,客観主義という内容を唱えたフォイエルバッハなどが,旧派刑法学者として有名である。絶対主義・応報主義を唱えたカントも旧派に属する。相対主義・一般予防主義との対立もあったが,法と道徳の峻別,犯罪と刑罰の均衡という考え方において共通する。旧派刑法学を理論体系として完成させたのはビンディングである。旧派刑法理論は,フォイエルバッハの法治国思想をほぼそのまま維持するものでもあった。それは,依然として法と道徳とを分離し,法規範の侵害を犯罪と考えることにより,単なる反道徳的な行為を処罰すべきだとはしない。法に違反する行為を問題にすることにより,行為者を犯罪成立の問題として考えることを原則として排除する。ビンディングは,規範は不文であり,成文の刑罰法規はそれを認識するための根拠に過ぎないとして,類推解釈による処罰,事後立法による遡及処罰を認めたが,多くの学者はこれに従わず,刑罰法規の拘束力を認め,罪刑法定主義を維持しようとした。刑罰には,「法の回復」以外の功利的な目的が否定されたため,犯罪者が改善の必要性に応じて,異なった刑罰を受けるという不安定さが避けられる。このようにして,大まかにいうと,旧派の刑法理論は,行為刑法,客観主義,罪刑法定主義,応報刑という内容をもっていた。
 時代が19世紀後半となると,科学技術の進歩と共に資本主義が極度に発展した。そのことが,犯罪とくに累犯の増加を生じさせる結果を生み,旧派刑法学は犯罪対策として無力であるとされることになる。ここにおいて,従来の観念的な方法を排斥して,あらたに実証的方法によって犯罪ことに犯罪者を研究しその対策を講じようとする傾向が起こって来た。ロンブローゾ,フェリー,ガロファロなどのイタリア学派にはじまり,リストが完成させる。ダーウィンの進化論にヒントを得たロンブローゾは,犯罪者の身体的特徴に着目し生来的犯罪者説を唱えたのは有名な話である。リストは生物学的方法と社会学的方法との提携の必要性を説き,さらに刑事に関する法律学とこれらの刑事補助学とをあわせて,これを総合刑法学と称した。さらに彼はイエーリングの功利主義的目的思想を受け継いで,目的刑主義を提唱し,実証的方法による特別予防を強調した。そしてこのような見地から,国際的な規模で活発な刑法改正運動を展開した。ロンブローゾにはじまりリストにいたって大成されたこの学派を刑法学における新派と呼ぶ。新派の特徴をまとめれば,@罰せられるのは行為ではなく行為者とする(主観主義)。行為者の社会的危険性ことが処罰の根拠である(社会的責任論)。新派における犯罪行為とは行為者の反社会的性格の徴表にすぎない(徴表説)。A刑は応報ではなく教育であり,行為者の反社会性を矯正して社会に適応復帰させることが刑の目的となる(教育刑主義,目的刑主義)。ここでは刑罰と保安処分は同義と解される。B刑によって個々の犯人を改善することによって犯罪を予防するとする(特別予防主義)。旧派でいう一般予防は,新派においては特別予防の一つの効果にすぎない。そして刑は犯罪から社会を防衛するものとされる(社会防衛主義)。
 旧派と新派の決定的な違いは対象とする人間像の違いである。旧派における人間とは抽象的で理性的な人間である。つまり,結果の予測を損得勘定によって合理的に打算できる人間像といえよう。それに対して,新派における人間は,素質・環境によって運命付けられた具体的な人間像である。
 新派刑法学とくにロンブローゾのような見解は現代社会では採り得ないであろうが,人間を具体的に捉える新派刑法学の考え方は後の刑法学に大きな影響を与えている。たとえば,行刑の場面での活用である。現在わが国の刑の執行は単に応報だけを目的とせず,改善のための教育,職業訓練を実施している。また,犯罪の種類などによって刑務所を分類している。これらは新派刑法学の影響を受けているといえよう。ただ,犯罪の成否についての理論は旧派によるべきである。裁判官の恣意性を排除すべき要請が強いからである。また,これは罪刑法定主義の要請でもある。

以上



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